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医師の高齢化や後継者不足、働き方の見直しといった背景から、クリニックを第三者に譲渡する「クリニック譲渡」という選択肢が注目されています。譲渡を成功させるためには、手続きの流れを正しく理解し、事前準備や交渉を丁寧に進めることが重要です。また、診療の継続性やスタッフ・患者との関係維持など、譲渡後の影響を見据えた対応も欠かせません。
この記事では、クリニック譲渡の基本的な仕組みや手続きの流れ、そして失敗を防ぐために押さえておきたい実務上のポイントを詳しく解説します。将来の事業継承やライフプランを考える際の参考として、ぜひご覧ください。
<この記事で紹介する3つのポイント>
目次
クリニック譲渡とは、医療機関の経営者が何らかの理由により事業を第三者に引き継ぐことを指します。近年、医療業界では院長の高齢化や後継者不足の問題が深刻化しており、廃業を避けるための重要な選択肢として注目されています。
譲渡の背景には、経営者の体調不良や引退、後継者不在といった課題があります。また、地域医療の継続性や従業員の雇用維持を考慮し、適切な承継先を見つけることで、患者やスタッフへの影響を最小限に抑えながら事業を存続させることが可能になります。
クリニック譲渡が必要となる主な理由は、経営者の高齢化と後継者不足にあります。高齢による現役引退などの理由から、クリニック譲渡を検討する医師は少なくありません。特に診療所では、60歳以上の経営者が半数以上を占めており、今後5~10年で後継者問題がピークを迎えると予測されています。
さらに深刻な問題として、約半数のクリニック・医院で後継者が不在となっている現状があります。子どもが医師になったとしても勤務医を希望していたり、そもそも医師にならなかったりするケースが増えているためです。親子間での承継が叶わず、廃業を選択するケースも増加しており、2021年10月から2022年9月までの1年間で一般診療所は6,697箇所が廃業になったというデータもあります。
このような状況下で、地域医療の継続と従業員の雇用維持を図るため、クリニック譲渡という選択肢が重要な役割を果たしています。
クリニックの譲渡先は、大きく分けて3つの選択肢があります。それぞれの特徴や適用条件を理解し、自院の状況に最も適した方法を選択することが重要です。
譲渡先の選択は、単に事業を引き継ぐだけでなく、患者への医療サービスの質や継続性、従業員の雇用安定性にも大きく影響します。また、譲渡先によって必要な手続きや期間、費用も異なるため、早期の検討と準備が欠かせません。
以下、それぞれの譲渡先について詳しく解説します。
親族への承継は、クリニックの経営者が自身の子どもや配偶者、孫などの親族に事業を引き継ぐ方法です。身内への引き継ぎは安心感を持たれることが多く、患者や従業員離れのリスクが少ない場合があります。経営者の親族が事業を引き継ぐため、クリニックのスタッフから受け入れられやすく、トラブルを避けて事業承継しやすいのがメリットです。
また、親族間での承継では、事業承継で問題になりがちな贈与税・相続税の負担を軽減する制度を活用できる可能性もあります。クリニックの理念や診療方針を維持しやすく、患者にとっても安心感を提供できるでしょう。
しかし、子どもや親族が病院を継ぐ意思がないケースも想定されます。医師になったとしても勤務医を希望していたり、そもそも医師にならなかったりするなどの理由から、必ずしも受け継いでくれるとは限りません。親族間であっても、事業承継時には理念や経営方針などを双方で丁寧にすり合わせておくことが大切です。
親族外への承継は、自院に勤める非常勤医師や以前勤めていた医師に声をかけて引き継ぐ方法です。信頼できる相手への譲渡であれば、患者や従業員にも安心してもらえるでしょう。現在の経営陣や従業員が経営権を取得するMBO(マネジメント・バイアウト)も、この形態に含まれます。
親族外承継のメリットは、事業の継続性が高く、従業員のモチベーション維持に有効なことです。長年クリニックで働いてきた医師や職員であれば、既存の診療体制や患者との関係性を維持しやすく、スムーズな移行が期待できます。
ただし、クリニックを引き継ぐことはその人にとっても大きな決断となります。できるだけ時間的な余裕をもって相談しておく必要があります。また、資金調達が課題となる場合もあるため、金融機関との相談や支援体制の整備も重要になります。
第三者への承継は、親族や知人以外の第三者に事業を引き継ぐ方法で、M&Aを活用したクリニック譲渡が代表的です。当人が希望しない・適した人材がいないなどの理由から親子間・知人への譲渡が難しい場合に、有効な手段として注目されています。
第三者承継では、銀行、税理士、地域の医師会、M&Aコンサルタント、事業承継・引継ぎ支援センターなどが候補者紹介を行います。それぞれに紹介できる譲渡先が異なり、医療機関は一般の会社と異なり法規制が複雑なため、業界に通じているか見極めが大切です。
この方法のメリットは、後継者不在の場合でも事業継続が可能になることです。また、大手医療法人やグループ傘下に入ることで、経営資本や経営ノウハウを活用し、安定した経営を実現できる可能性があります。従業員や患者を守るためにどの紹介者・譲渡先がよいのか、慎重に選ぶことが重要になります。
クリニック譲渡は複雑な手続きを伴うため、段階的に進めることが成功の鍵となります。適切な準備と専門家のサポートを得ながら、計画的に進めていくことで、トラブルを回避し円滑な譲渡を実現できます。
譲渡の手続きは、事前準備から契約締結まで通常6つの段階に分けて進められます。それぞれの段階で必要な作業や注意点を理解し、時間的余裕を持って取り組むことが重要です。
以下、各段階の詳細な手続きについて解説します。
クリニック譲渡の成功は、適切な事前準備と専門家への相談から始まります。個人間でのやりとりに不安がある方は、専門知識と実力を兼ね備えたM&Aコンサルタントに依頼を検討してみるとよいでしょう。第三者への事業承継を検討する際は、専門家や仲介業者へ相談することも前向きに検討してみましょう。
事前準備では、クリニックの経営状況や介在している課題、事業を承継する側が得られるメリットなどをピックアップする必要があります。後継者候補となる第三者は、これらの情報をもとに事業を引き継ぐかどうかを判断するためです。
専門家への相談では、税理士や弁護士、M&Aコンサルタントなどさまざまな選択肢がありますが、医療機関は一般の会社と異なり法規制が複雑なため、医療業界に通じた専門家を選ぶことが重要です。専門家の選定により、その後の手続きの円滑性が大きく左右されます。
譲渡を成功させるためには、明確な計画立案が不可欠です。まずは「どんな条件で譲渡したいのか」「いつまでに譲渡を完了させるのか」といった全体のゴールを明確にしましょう。失敗のリスクを回避するために、後継者の選出やどのように事業承継を進めていくのかなど、詳細な計画を立ててから行動するようにしましょう。
計画立案では、譲渡の際に交渉が必要な場面もあり、難しい判断も迫られることを想定しておく必要があります。その際、軸をぶらさないためにも目的意識を持っておくことが大切です。
また、事業承継を進めるうえで、さまざまな書類もそろえなければなりません。譲渡側は「保険医療機関廃止届」「診療所廃止届」、譲受側は「保険医療機関指定申請書」「診療所開設届」を提出する必要があります。これらの必要書類の準備も計画段階で整理しておくことが重要になります。
適切な譲渡先候補が見つかったら、交渉と条件調整の段階に入ります。条件にマッチし信頼できる譲受者を見つけたら、内見を兼ねて顔合わせを行いましょう。事業承継の候補先を選定し、承継先との面談を通じて、双方の意向を確認することが重要です。
面談では、履歴書の情報や、話の内容、人柄から、本当に任せて安心な人かどうかを見極めます。この時点で合わないと感じたら断ることもできるので、複数候補と顔合わせを行い、比較検討するのがよいでしょう。
譲渡先が決まったら、合意に向けて条件のすり合わせを行います。スタッフの雇用を守ってもらえるか、クリニックの理念を引き継いでくれるかなど、丁寧にすり合わせを行うようにしましょう。お互い納得できたら、合意の認識をそろえる「基本合意書」を締結します。
デューデリジェンスは、譲渡を進める上で欠かせない重要な調査プロセスです。デューデリジェンスとは、公認会計士や弁護士、監査法人といった専門家を交えて譲渡先の財務状況や資産価値、抱えているリスクを調査することです。企業価値を正しく把握し、双方にとってのリスクやトラブルを回避する目的で行われます。
調査により負債や法的リスクが発見された場合は、金銭で清算したり、契約内容を変更して解決したりと対応を取ります。このプロセスを通じて、譲渡対象となるクリニックの真の価値と潜在的なリスクを明確にできます。
デューデリジェンスは専門知識を要する作業であるため、経験豊富な専門家に依頼することが重要です。適切な調査により、後々のトラブルを防止し、安心して譲渡を進めることができます。調査結果は、最終的な契約条件の決定にも大きく影響するため、丁寧に実施する必要があります。
デューデリジェンスが完了したら、最終条件の提示と合意に向けた調整を行います。デューデリジェンスで問題ないと判断したら、条件の最終調整を行っていきます。基本合意契約書・最終譲渡契約書の締結に向けて、双方が納得できる条件を詰めていく段階です。
加えたい条件や変更してほしい条件があれば提示して、折り合いをつけていく必要があります。この段階では、譲渡価格だけでなく、従業員の処遇や診療方針の継続性など、さまざまな要素について最終確認を行います。
事業の承継先が決まったら、双方で基本合意契約書を締結します。これは、あくまで双方の合意内容を確認するための文書であり、法的な拘束力は限定的です。基本合意契約書には、M&Aの対象や買収価格、スケジュール、違約金、秘密保持義務、有効期限などの内容を盛り込んで作成するのが一般的です。
最終条件に双方が合意したら、契約締結と各種手続きに移ります。双方が最終条件に同意できたら、本契約を結びます。内部手続きとして、医療法人の場合、事業譲渡は重要事項にあたるため、内部機関での意思決定が必要となります。行政手続きも並行して進める必要があります。
契約締結後は、「事業譲渡契約」「出資持分譲渡契約」などの契約や行政への各種届出、不動産契約、名義・定款の変更など、必要な手続きを済ませなければなりません。地方厚生局への届出では、譲渡側が保険医療機関廃止届、事業を引き継いだ側は保険医療機関指定申請書を提出します。
また、地域を管轄する保健所には、譲渡側が診療所廃止届、譲受側は診療所開設届を提出する必要があります。これらすべての手続きが完了して、初めて譲渡が完了となります。手続きの漏れや遅れは事業継続に影響するため、専門家と連携して確実に進めることが重要です。
クリニック譲渡を成功させるためには、事前の準備と適切な対策が不可欠です。譲渡価格の設定から専門家の選定、患者やスタッフへの配慮、法的リスクへの対応まで、多岐にわたる要素を慎重に検討する必要があります。
これらの注意点を見落とすと、譲渡後にトラブルが発生したり、期待していた条件での譲渡が実現できなかったりする可能性があります。患者やスタッフへの影響を最小限に抑えながら、円滑な事業承継を実現するための具体的な対策について詳しく解説します。
適切な譲渡価格の設定は、クリニック譲渡を成功させるための最も重要な要素の一つです。思い入れのあるクリニックを譲渡するからには、できるだけ「良い条件」で譲渡したい、というのは当然の思いです。しかし、買い手と条件が100%すり合うのは非常に難しいため、譲渡における優先度をつけておくことが重要です。
譲渡価格は一般的に、内装や医療機器、備品等の譲渡資産時価額に営業権(のれん代)を加えた金額となります。譲渡資産時価額は、減価償却明細表をもとに各資産を直近月まで減価償却計算し、時価額に直すことで算出されます。営業権(のれん代)の算出方法は決まった方法があるわけではなく、仲介会社により算出方法は異なります。
最終的な譲渡価格は、仲介業者による譲渡価格の査定結果をもとに売主自身が決めていくことになります。その際、売主ご自身の理想を重視し、営業権(のれん代)を実質利益額から乖離した金額で設定すると、買手候補者が見つかりにくくなってしまう可能性があります。譲渡価格を決める際は、顧問税理士や会計士、コンサルタントに相談された上で、市場取引価格を参考に金額設定することが大切です。
クリニック譲渡の成功は、信頼できる専門家への相談から始まります。医療機関は一般の会社と異なり法規制が複雑なため、業界に通じているか見極めが大切です。事業承継の専門家として、税理士や仲介業者、M&Aアドバイザリー、弁護士、公認会計士、司法書士などが挙げられます。
それぞれに紹介できる譲渡先が異なり、また医療機関特有の事情への理解度もさまざまです。地域の医師会であればその地域に特化した譲渡先の紹介が可能ですが、地域外の場合には情報を持っていないことが予想されます。一方、M&Aコンサルタントは幅広いネットワークを持っていますが、医療業界への理解が不足している場合もあります。
従業員や患者を守るためにどの紹介者・譲渡先がよいのか、慎重に選ぶことが重要です。専門家を選ぶ際は、過去の実績や医療業界での経験、手数料体系などを総合的に判断する必要があります。また、複数の専門家に相談し、セカンドオピニオンを得ることも大切です。信頼できる専門家との連携により、譲渡の成功確率を大幅に向上させることができます。
患者関係の維持は、クリニック譲渡において最も重要な要素の一つです。患者様の多くは、現院長先生を慕って通院されています。そのため、承継候補にスムーズに引き継ぐためには、双方での協力が必要不可欠です。引き継ぎの仕方や、承継前後での診療体制を整える必要があります。
診療継続性の確保では、現在の診療方針や医療方針、理念が整理されておらず、正しく相手に伝えられなかった場合、認識のずれが生じる可能性があります。認識の相違が原因で、譲渡後にクリニックの医療方針が大きく変わってしまえば、多くの患者が離れる可能性があります。このような事態を避けるべく、あらかじめ自院の医療方針や理念などは、漏れなく整理することが大切です。
また、患者さんへの説明タイミングも重要な要素です。承継や運転資金の調達額や入会スケジュール等も地域によって異なるため双方でのすり合わせが必要となります。患者様への説明では、承継候補にスムーズに引き継ぐための配慮が必要で、双方での協力により患者の信頼を維持し、診療の継続性を確保することが可能になります。
医療スタッフのモチベーション維持と人材流出防止は、クリニック譲渡の成功を左右する重要な要素です。承継後も継続して勤務される従業員は多くいらっしゃいます。承継後も気持ちよく働くための諸条件のすり合わせはもちろんですが、事業譲渡や事業承継の場合、従業員との雇用契約の再締結も必要となってきます。
給与や勤務時間、退職金、有給などを含む労働条件のすり合わせは重要なポイントとなります。M&Aによって経営者が変わることで、勤務医や看護師が不安を感じ、離職するリスクがあります。特に、クリニックの医師が患者からの信頼を集めている場合、その医師が退職すると患者の離脱につながる可能性もあります。
クロージング後に十分な説明を行い、待遇面の調整などを通じてスタッフの流出を防ぐ対策を講じることが大切です。従業員へのフォローとして、承継候補者との事前の顔合わせや、雇用条件の詳細な説明、不安や疑問への丁寧な対応が必要です。また、承継後の職場環境や将来性について明確に伝えることで、スタッフの不安を解消し、モチベーションを維持することができます。
クリニック譲渡における法的リスクへの適切な対策は、トラブルを未然に防ぐために不可欠です。医療法人で出資持分譲渡を行う場合は、譲渡を決める前に出資持分をもつ人に必ず合意を得ておく必要があります。承認後、払い戻し請求権を行使されると大きなトラブルにつながります。
「払い戻し請求権」とは、持分のある出資者が財産の払い戻しを請求できる権利のことです。払い戻し請求権を行使されると、多額のお金を出資者に支払わなくてはなりません。このような事態を招かないためにも、契約書を用意して出資者に出資持分放棄の合意をもらうことが重要です。
事業承継を行う場合、買い受けた診療所の建物・施設などが古い場合には、法律上使用できない場合があることにも注意が必要です。建築時には行政の指導基準に照らして適法であった診療所・病院・介護施設等の建物が、その後、法令の改正等をうけ、現行基準下では廊下の広さが足りない、面積が不足しているなどとして、不適格とされてしまうことがあります。
いったん診療所が譲渡され、運営者が変更された場合には、診療所建物は、現行基準に不適格な施設として扱われるようになり、すみやかに増築・改築することが義務付けられる場合があります。
クリニック譲渡は、高齢化や後継者不足を背景に今後さらに増加することが予想されます。成功させるためには、譲渡先の選定から価格設定、専門家への相談、患者・スタッフへの配慮、法的リスクへの対策まで、多岐にわたる要素を慎重に検討する必要があります。
特に重要なのは、信頼できる専門家との連携です。医療業界特有の法規制や手続きを熟知したパートナーと協力することで、患者とスタッフの負担を最小限に抑えながら、円滑な事業承継を実現できるでしょう。
DYMでは、医療業界に精通したM&Aコンサルタントが、クリニック譲渡の全過程をサポートします。ぜひお気軽にご相談ください。
「世界で一番社会を変える会社を創る」というビジョンのもと、WEB事業、人材事業、医療事業を中心に多角的に事業を展開し、世界で一番社会貢献のできる会社を目指しています。時代の変化に合わせた新規事業を生み出しながら世界中を変革できる「世界を代表するメガベンチャー」を目指し、日々奮闘しています。