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近年、医療業界ではクリニックのM&Aや事業継承が活発化しており、親族内の承継だけでなく、第三者への譲渡という選択肢も広がっています。経営者の高齢化や後継者不在を背景に、スムーズな事業承継を実現するため、M&Aを活用するケースが増加しているのです。
本記事では、クリニックM&Aの基本的な仕組みや承継方法の種類、売却側・買収側双方にとってのメリット、そして気になる売却価格の相場について詳しく解説します。また、実際にM&Aを進める際に注意すべきポイントも取り上げ、後悔しない事業承継の実現をサポートします。クリニックの将来を見据えた判断材料として、ぜひご活用ください。
<この記事で紹介する3つのポイント>
目次
近年、クリニック業界ではM&Aによる事業承継が急速に増加しています。この背景には、業界を取り巻く深刻な構造的課題があります。
最も大きな要因は、経営者の高齢化と後継者不在問題です。厚生労働省の調査によると、2020年におけるクリニック医師の平均年齢は60.2歳であり、病院の47.2歳より13歳も高い結果となりました。さらに深刻なのは後継者不在率の高さで、帝国データバンクの調査では2023年の医療業における後継者不在率は65.3%に達し、全業種平均の53.9%を大きく上回っています。
医療業界では慢性的な人材不足も深刻化しており、医師・看護師などの有資格者確保が大きな課題となっています。看護基準の変更により、看護師確保がクリニックの収益性維持に直結する重要な要素となりました。
また、度重なる医療制度の見直しによる影響も無視できません。診療報酬の見直しなどの制度改正により、クリニックの経営状況が厳しくなるケースが少なくありません。建物や設備投資費の負担増加も大きな課題となっています。
これらの複合的な要因により、2021年における医療機関の休廃業・解散は567件となり、過去最高水準を記録しました。このような厳しい状況下で、M&Aによる第三者承継が注目を集めています。
クリニックの事業承継は、経営者が誰に事業を引き継ぐかによって大きく3つの方法に分けられます。それぞれの方法には異なるメリットと課題があり、クリニックの状況や経営者の意向に応じて最適な手法を選択することが重要です。
親族への承継は、院長の子どもなど親族にクリニックや病院の経営を引き継ぐ方法です。従来はクリニックの事業承継において最も一般的な手法とされてきました。
この方法の最大のメリットは、家族間での信頼関係が既に築かれており、経営理念や診療方針の継承が比較的スムーズに行えることです。また、長期間にわたって段階的に引き継ぎを進めることができるため、患者や地域からの信頼を維持しながら承継を実現できます。
しかし、近年では親族内事業承継の割合が減少傾向にあります。その背景には、勤務医として働き続けることを望む若手医師の増加があります。開業医としての責任やプレッシャーよりも、勤務医として専門性を追求したいと考える医師が多くなっているのです。
さらに、開業医である親自身も、子どもにクリニックや病院を継がせたがらないケースが増えています。医療業界を取り巻く厳しい経営環境や、度重なる制度改正による不透明感から、子どもに同じ苦労をさせたくないという親心が働いているためです。
親族への承継を検討する際は、後継者となる親族の意向を早期に確認し、十分なコミュニケーションを取ることが成功の鍵となります。
親族外への承継は、副院長などの関係者にクリニックや病院の経営を引き継ぐ方法です。同じクリニックや病院で働いている医師が後継者となるケースが一般的です。
この方法の大きなメリットは、後継者が院長のやり方や考え方、患者の現状などをある程度把握していることです。長年にわたって同じ職場で働いてきた医師であれば、クリニックの運営方針や患者との関係性についても理解しているため、引き継ぎがスムーズに行えます。
また、既存のスタッフにとってもなじみのある医師が後継者となることで、組織の安定性を保ちながら承継を進めることができます。患者からの信頼関係も継続しやすく、地域医療の質を維持できる点も重要なメリットです。
一方で、課題も存在します。最も大きな課題は、後継者となる医師がクリニックや病院を受け継ぐための資金的リスクを背負うことです。医療機器や設備、不動産などの資産価値に加え、営業権の評価額も含めた承継資金を準備する必要があります。
さらに、勤務医から経営者への立場の変化に伴い、経営者としての覚悟を持てるかどうかも重要な課題となります。診療に専念していた医師が、経営責任や人事管理、財務管理などの経営業務を担う覚悟を持つことが求められます。
M&Aによる承継は、仲介会社などのM&A専門家から後継者となる個人や法人を探してもらい、クリニックや病院を売却する方法です。近年、クリニックや病院の経営者間でもM&Aによる事業承継のメリットが広く認知され始めています。
M&Aの具体的な手法は、クリニックの運営形態によって異なります。株式会社の場合は株式の売買、個人事業のクリニックの場合は事業用資産の売買、持分の定めがある医療法人の場合は出資持分の売買によってM&Aを実行します。
この方法の最大のメリットは、後継者不在の問題を解決できることです。親族や院内に適切な後継者がいない場合でも、第三者への承継によってクリニックの継続が可能になります。また、売却によって経営者は相応の対価を得ることができ、引退後の生活資金を確保できます。
買い手にとっても、開業する場合に新規開業より事業承継による開業の方がメリットが大きいケースがあるため、買い手需要も増加しています。既存の患者基盤や医療設備、スタッフを引き継ぐことで、開業リスクを軽減できるからです。
近年では、廃業ではなく事業承継を選択する経営者が増えており、M&Aによる第三者承継は地域医療を守る重要な手段として注目されています。
クリニックの事業継承や M&A には、譲渡側と譲受側それぞれに大きなメリットがあります。これらのメリットを理解することで、適切な選択肢を検討し、最適な事業承継戦略を構築できます。
譲渡側となるクリニックの経営者には、主に5つの大きなメリットがあります。
まず、最も重要なメリットは後継者問題の解決です。院長の高齢化が進み、多くのクリニックや病院が世代交代の時期を迎えていますが、子どもがクリニックや病院を継がないケースが増えています。このような状況でも、M&Aにより後継者問題を解決すれば地域医療を守ることが可能です。
次に、売却益の獲得が挙げられます。クリニックなどの医療機関は株式を持たない組織であるため、M&Aでは事業譲渡・出資持分譲渡・合併のいずれかを用いて譲受側へ事業を引き継ぎます。どの手法を用いても売却益(譲渡益)が得られるため、後継者不在などで廃業を検討している場合に非常に有効です。
経営基盤の安定も重要なメリットです。クリニックは規模が小さい事業者が多く、経営基盤が不安定になりがちです。M&Aを活用して現在のクリニックを大規模な医療法人へ譲渡し、同法人グループとなって診療を続けることで、経営基盤の安定が図れます。
地域医療の存続も大きな意義があります。クリニックは地域に根差した医療サービスを提供しているため、休廃業や解散という選択をすれば患者にも影響が及びます。M&Aによる第三者への承継により、地域医療を存続させることができます。
最後に、従業員の雇用保障があります。後継者不在や経営難によって医療法人が解散を迫られている場合、M&Aは現従業員の雇用を保障する手段となり、組織の社会的責任を果たすことができます。
譲受側となる医療法人や医師には、主に6つの大きなメリットがあります。
医師・看護師などの確保が最も重要なメリットです。クリニック・病院を買収すると、譲受側は対象先の医師・看護師なども引き継ぐことができます。人手不足となっている医療業界において、有資格者の確保は人材面の課題解決につながる大きなメリットです。
診療領域の拡大も重要な要素です。専門的な知識が必要とされる医療現場では、診療領域拡大における専門医師の確保や設備投資など広範囲の投資が必要になります。クリニック・病院を買収した場合、一から新しい診療領域を立ち上げるよりも迅速な立ち上げが可能です。
専門性の強化においても大きなメリットがあります。すでに保有している診療領域でのクリニック・病院を買収した場合、人的リソース確保とともに専門性を強化できます。この方法は得意分野を伸ばすパターンの M&A 手法であり、買収後の展開もスムーズに進められます。
病床規制・地域参入障壁の回避も重要な利点です。開設やベッド数の増設を行う際は、都道府県知事などの開設地域から許可を受ける必要があります。クリニック・病院を買収すると、グループとして病床数を確保できるため、規制下で難しい病床規制・地域参入障壁の回避が可能です。
コスト削減効果も期待できます。買収による規模拡大は、物品の購買力が強化されるため価格交渉力が向上し、コスト削減につながります。取り扱い物品数が膨大なクリニック・病院では、企業の M&A 以上に効果が得られる可能性があります。
最後に、事業多角化・新規事業への参入が可能になります。スピーディーに新規事業へ進出できるという一般的な企業の M&A と同様のメリットを、医療法人の M&A においても享受できます。
クリニックのM&Aにおける売却価格は、さまざまな要因により決定されます。適切な価格設定を行うためには、基本的な考え方や評価方法を理解し、クリニックの形態や立地、診療科目による相場の違いを把握することが重要です。
クリニックM&Aにおける売却価格は、「時価純資産+営業権(のれん)」という基本的な考え方に基づいて決定されます。この考え方は、買い手にとっての事業・法人の価値を適切に評価するための重要な指標となります。
時価純資産とは、貸借対照表上の資産と負債を時価に直して差し引きした金額(時価資産-時価負債)のことです。これは、出資やこれまでの営業を通して事業・法人に蓄積された価値の実態を表しており、過去から現在までの価値を示す重要な要素となります。
営業権(のれん)は、将来的・潜在的な収益力を表す概念です。クリニックは現在から将来にわたって収益を生み出す力を有しており、買収者はこうした潜在的な収益力を買収によって手に入れることができます。この将来的・潜在的な価値の大きさを営業権と呼びます。
ただし、売り手が潜在的な債務を抱えている場合、その評価額が営業権から差し引かれることがあります。例えば、労務問題や医療過誤、自由診療契約のトラブルなどで損害賠償責任を負うリスクがある場合は、営業権の評価が下がる可能性があります。
クリニックの価値評価には、主に2つの手法が用いられます。DCF法と年倍法です。それぞれの特徴を理解することで、適切な評価手法を選択できます。
DCF法は、現在最も正統的な評価手法とされています。この方法では、事業計画やリスク評価に基づいて将来的に生み出される価値の大きさを予測し、将来の価値を現在の価値に読み直すことで買収価値を算出します。専門的な知識とテクニックを要するため、専門機関に依頼して評価してもらう必要があります。
年倍法は、中小法人や個人の間で行われるM&Aでしばしば利用される簡便な評価方法です。クリニックの売却でも広く用いられており、営業権を現在の営業利益をもとに大まかに見積もります。具体的には「営業権=直近年度の営業利益×3~5程度」として計算されます。
「3~5」という数字はあくまで一般的な目安であり、業種によって相場は変わります。また、売り手の収益性・成長性の見通しにより実際の値は大きく上下する点に注意が必要です。年倍法は合理性という点では劣りますが、専門家でなくてもイメージをつかみやすく、当事者同士の納得感が得られやすいという利点があります。
医療法人と個人クリニックでは、売却価格に大きな差が生じることがあります。特に個人クリニックの場合、営業権の評価が低くなる傾向があります。
一般的な個人クリニック売却では、営業権として大きな価値を見いだすことが難しいのが現状です。この理由として、個人クリニックの事業は院長を中心にして回っており、診療・営業のやり方は院長個人の判断に左右されることが挙げられます。つまり、事業が属人化しているということです。
さらに、スタッフの流動性が高く、患者や地域の評判も院長に対する評価が多くを占めるのが一般的です。そのため、院長抜きではこれまでの事業の形が成り立たないため、営業権として大きな価値を見いだすことが困難となります。
通常の個人クリニック売却では、営業利益の数年分にあたるような営業権は過大評価となるケースが多く、営業利益の1年分またはそれ以下が相場とされています。ただし、院長など中心的な立場の医師が売却後も在籍する場合や、クリニックの知名度が高い場合は、営業権が高く評価される可能性があります。
クリニックの売却価格は、地域や診療科目によって大きく変動します。これらの要因を理解することで、より正確な価格設定が可能となります。
地域による相場の違いでは、立地条件が重要な要素となります。好立地でアクセスがよく、駐車スペースが十分な場合は、高い評価を受けやすくなります。また、優秀なスタッフがおり、継続雇用が望める場合や、個室タイプの診察室やキッズスペースなど、現代のニーズに合った施設づくりがなされている場合も、価格を押し上げる要因となります。
診療科目による相場の違いも重要です。診療内容により継続的な利益が見込まれるのかどうかが判断基準の一つとなります。人気が高い診療内容は内科と外科とされており、美容外科や歯科医院は買い手市場から引っ張りだこ状態で、譲渡数もかなり多くなっています。
また、患者・カルテ数も利益を生み出す上で重要な要素です。買収するクリニック・病院がどれだけの患者・カルテ数を保有しているのかが判断基準として挙げられます。今後10〜20年スパンで考えた際に、患者・カルテ数がどれだけ増減するのかもM&Aの際に考慮される重要な要素となります。
クリニックのM&Aを成功させるためには、いくつかの重要な注意点があります。医療業界特有の課題を理解し、適切な対策を講じることで、円滑な事業承継を実現できます。
クリニックのM&Aを成功させるためには、実績のある専門家の選定が不可欠です。M&A仲介会社は数多く存在しますが、医療法人のM&Aを支援した実績があるところを選ぶことが重要になります。
クリニックなど医療法人のM&Aは、一般的な株式会社が行うM&Aとは大きく異なる特徴があります。行政との調整などが必要となるため、支援実績や専門アドバイザーの有無などを事前によく確認してから支援業務を依頼することが重要です。
医療分野を得意とする事務所を選ぶことで、独自のネットワークから相手を探してもらえる可能性が高まります。ただし、M&A・事業承継の手続きは提携する仲介会社に委託する形をとる事務所も多いので、事前に確認する必要があります。
M&A仲介会社の大きなメリットは、公には出回らない独自の全国ネットワークから相手を探せる点です。M&A・事業承継のトータルサポートを一貫して行うことも、他の相談先にはない特徴といえます。
クリニックのM&Aは複雑な手続きを伴うため、入念な計画と専門的な助言が必要となります。M&Aの恩恵を最大限に引き出すためにも、病院・診療所業界に精通した専門家から適切なサポートを受けることが成功への鍵となります。
売却価格の適正評価と交渉は、M&Aの成功を左右する重要な要素です。譲渡価額を見極めることが大切であり、適切な価格設定により双方にとって満足できる取引を実現できます。
M&Aでクリニックを譲渡する場合、譲渡側はクリニックの譲渡価額を決めますが、譲渡価額は落としどころを見極めることが重要です。M&Aは譲受側が存在して初めて成立するため、一方的な価格設定では交渉が成立しません。
高すぎる譲渡価額では譲受側が購入できないケースも多く、適正な価格帯での交渉が必要になります。反対に、安すぎる価格設定では譲渡側が損失を被る可能性があるため、バランスの取れた価格設定が求められます。
譲渡価額の計算方法はいくつか種類があり、計算も複雑になります。そのため、譲渡価額は専門家と相談しながら決めるのが最適です。専門家は市場の動向や類似案件の実績を踏まえて、適切な価格帯を提示してくれます。
適切な譲渡価額設定については専門家の助言を受けることで、交渉の成功率を高めることができます。価格面での合意形成は、その後の手続きを円滑に進めるための重要な基盤となります。
医師・看護師などの人材の継続雇用は、クリニックのM&Aにおいて最も重要な課題の一つです。人材の確保と維持ができるかどうかが、M&Aの成否を大きく左右します。
クリニックや病院のM&A・事業承継を行った場合、医師や看護師が辞めてしまうことがあります。特に小規模のクリニックや病院では、前院長を慕って働いていた者が辞めることも少なくありません。このような事態は、診療体制の維持に深刻な影響を与える可能性があります。
個人事業のクリニックや病院のM&A・事業承継の場合、承継時にいったん医師や看護師との雇用契約を終了させ、新たに雇用契約を締結し直す必要があります。この手続きの過程で、不安を感じた医師や看護師が離職を選択する場合があります。
経営状態の良くないクリニックや病院を引き継いだ場合、医師や看護師の待遇を下げざるを得ないケースもあります。このような状況では、より良い条件を求めて他の医療機関へ転職する可能性が高まります。
クリニックや病院のM&A・事業承継が成功するかどうかは、医師や看護師の雇用を維持できるか否かが重要な要素となります。不安や不満をため込ませないよう十分な関係構築を行い、継続雇用に向けた取り組みを積極的に進めることが必要です。
患者への説明と円滑な引き継ぎは、地域医療の継続性を保つために欠かせない重要な要素です。適切な説明とコミュニケーションにより、患者の不安を軽減し、信頼関係を維持できます。
従業員や患者さんへの告知とコミュニケーションは、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)において非常に重要な要素です。患者さんに対しては、診療体制の変更や院長の交代などについて、分かりやすく説明し、安心して診療を受けられるように配慮する必要があります。
情報の開示時期についても慎重な判断が必要です。譲渡についての情報開示が早すぎると、患者の不信感を招いたり、他の医療機関への転院につながる恐れがあります。適切なタイミングでの情報開示により、患者の理解と協力を得ることが重要です。
患者への説明では、M&Aの目的や今後の診療方針について丁寧に説明することが大切です。新しい経営体制下でも、これまでと同様の質の高い医療サービスを提供できることを明確に伝える必要があります。
円滑な引き継ぎを実現するためには、患者対応の継続性を重視した計画的な取り組みが必要です。患者の診療記録やカルテの引き継ぎを確実に行い、治療の継続性を保つことで、患者との信頼関係を維持できます。
クリニックのM&A・事業承継は、後継者不在や経営課題を解決する有効な手段です。経営者の高齢化が進む中、適切な承継方法を選択することで地域医療の継続と経営の安定化を実現できます。
M&Aには親族内承継、親族外承継、第三者承継の3つの方法があり、それぞれに異なるメリットがあります。売却価格は時価純資産と営業権で決まり、専門家による適正評価が重要です。成功のポイントは、実績ある専門家の選定、人材の継続雇用、患者への丁寧な説明にあります。
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