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飲食店業界では、人手不足や後継者不在などの課題を背景に、M&Aが事業継続や成長戦略の重要な選択肢となっています。2023年の外食産業売上は回復傾向にある一方で、業態ごとの格差も顕著になっており、経営の効率化や規模拡大を目指すM&Aが活発化しています。
本記事では、飲食店M&Aの最新動向から具体的な手法、実施手順、成功事例、個人経営店特有の注意点まで、実務に役立つ情報を体系的に解説します。売却・買収を検討している経営者や個人事業主の方が、適切な判断を下せるよう詳しく紹介していきます。
<この記事で紹介する3つのポイント>
飲食業界のM&Aは、コロナ禍を経て新たな局面を迎えています。日本フードサービス協会の調査によると、2023年の外食産業全体の売上は前年比114.1%と回復傾向を示し、2019年比でも107.7%まで戻りました。この回復は行動制限の解除とインバウンド需要の拡大が主な要因とされています。
しかし、業態別に見ると回復度合いには大きな差が見られます。ファーストフードは2019年比120.1%と好調ですが、パブ・居酒屋は2019年比66.5%にとどまり、店舗数も大幅に減少している状況です。客数は2019年の水準にまだ回復しておらず、売上増加は主に客単価の上昇によるものです。
こうした環境下で、飲食店のM&Aは組織変革の手法として注目されています。帝国データバンクの調査では、飲食店の人手不足割合は正社員で56.5%、非正社員では74.8%と高水準が続いており、資本強化や規模拡大によって労働環境の改善を目指す動きが活発化しています。
また、同業種間での効率的な事業拡大や、他業界企業による飲食業界への参入など、M&Aの活用方法も多様化しています。
飲食店のM&Aを実施する際には、主に事業譲渡と株式譲渡という2つの手法があります。それぞれに特徴があり、売り手・買い手の状況や目的に応じて適切な手法を選択することが重要です。
事業譲渡は、飲食店事業の一部または全部を選択的に譲渡する手法です。この方法では、譲渡する資産や負債を個別に指定できるため、買い手は必要な部分だけを取得することができます。店舗設備、営業権、従業員との雇用契約など、譲渡対象を細かく決められる点が特徴です。
主なメリットは、買い手は不要な負債を引き継ぐリスクを回避でき、必要な資産のみを選択して取得できる点です。売り手にとっても、法人格を維持したまま特定の事業だけを切り離せるため、他の事業を継続することが可能です。さらに、譲渡益は法人に入るため、退職金などの形でオーナーが受け取ることもできます。
一方でデメリットもあります。許認可の再取得が必要になる場合があり、従業員との雇用契約も個別に引き継ぎ手続きが必要となります。さらに、譲渡対象資産の特定作業が煩雑で、手続きに時間がかかることも課題です。税務面では、売り手に法人税が課税され、買い手も消費税の負担が発生する可能性があります。
株式譲渡は、会社の株式を譲渡することで経営権を移転する手法であり、飲食店のM&Aで最も一般的な方法です。この手法では、会社が保有する資産、負債、従業員、取引先との契約などがすべて包括的に引き継がれます。飲食店の営業許可や賃貸借契約もそのまま引き継がれるため、事業の継続性を保ちやすい点が特徴です。
主なメリットは、手続きが比較的シンプルで、株式の譲渡契約と名義変更のみで完了する点です。買い手は営業許可の再取得が不要で、すぐに事業を継続できます。売り手側では、株主個人が譲渡益を得られ、税制面でも譲渡所得税として分離課税が適用されるため、税負担が軽減される場合があります。さらに、個人保証も包括承継により解除される可能性が高くなります。
一方デメリットは、買い手は簿外債務や偶発債務などの隠れたリスクも引き継ぐことになる点です。デューデリジェンスを徹底しても、すべてのリスクを把握することは困難です。売り手にとっては、会社全体を手放すことになるため、他に継続したい事業がある場合には適していません。また、株式の評価が複雑になり、価格交渉が難航することもあります。
個人事業主が経営する飲食店のM&Aでは、法人とは異なる手法が必要です。個人事業には株式が存在しないため、株式譲渡という選択肢はなく、事業譲渡が主な手法となります。具体的には、店舗の設備、什器、在庫、営業権などの事業用資産を個別に譲渡する形を取ります。
個人事業主の場合、事業用資産と個人資産の区分を明確にすることが重要です。店舗が自己所有物件の場合は不動産の売買も含まれ、賃貸物件の場合は賃貸借契約の引き継ぎ手続きが必要となります。また、従業員がいる場合は、雇用契約の承継について個別に同意を得る必要があり、営業許可についても買い手が新規に取得しなければなりません。
飲食店のM&Aを成功させるためには、体系的な手順を理解し、各段階で適切な判断と行動を取ることが重要です。
ここでは、初めてM&Aに取り組む方でも安心して進められるよう、6つのステップに分けて解説します。
M&Aの検討を始めたら、まず専門的な知識とノウハウを持つM&A仲介会社への相談からスタートことが重要です。特に飲食業界に精通した仲介会社を選ぶことで、業界特有の課題や市場動向を踏まえたアドバイスを受けられます。
相談時には、M&Aの目的や方向性を明確にしておくことが必要です。売却側であれば後継者問題の解決や譲渡益の獲得、買収側であれば新規参入や店舗拡大など、それぞれの目的を整理しましょう。目的が明確になることで、候補先の絞り込みがスムーズになり、交渉で譲歩が必要となった場合の判断基準も定まります。
仲介会社選びのポイントは、得意業種、規模、支援実績、支援範囲、手数料体系などを総合的に判断することです。飲食業界のM&Aに特化している会社や、該当業界に詳しいアドバイザーが在籍している会社を選ぶことで、より適切なサポートを受けられます。アドバイザリー契約を締結すれば、M&A戦略の策定から候補先の提案、交渉サポートまで一貫した支援を受けることが可能です。
M&A仲介会社と契約を結んだ後は、買い手候補(売却側の場合)または売却案件(買収側の場合)の探索と選定を行います。担当アドバイザーがリストアップした企業をもとに、M&A後に想定されるシナジー効果も含めて検討し、候補を絞り込みます。
候補先の選定段階では、ノンネームシートという社名や具体的な所在地、詳細な事業内容など自社が特定される情報を伏せた資料を使用します。相手側が交渉に前向きであれば、秘密保持契約を締結し、詳細情報が記載された企業概要書を提出します。
企業価値評価に関しては、飲食店の場合、時価純資産に営業利益の3年分程度を加算した額が大まかな相場となります。ただし、立地条件、ブランド力、店舗数、将来の売上見込みなども価格を決める重要な要素です。好立地の店舗を保有していたり、高いブランド力がある場合は、好条件でのM&A成立も期待できます。価値算定には専門的な知識が必要なため、M&A仲介会社のサポートを受けながら適正な評価を行うことが大切です。
候補先との初期的な接触が進んだら、売却側と買収側のオーナー同士でトップ面談を実施します。この面談は、企業概要書での疑問点を確認するとともに、互いの人柄や経営理念を理解する重要な機会です。飲食店のM&Aでは、候補先の店舗を見学するケースも多く、立地だけでなく顧客層や雰囲気なども確認しておくとよいでしょう。
トップ面談の主な目的は、相互理解を深め、M&Aに不可欠な信頼関係を構築することです。そのため、価格や条件などの具体的なM&A内容についての交渉は、基本的にこの場では行いません。面談では、経営方針や従業員への考え方、店舗運営のビジョンなどを共有し、両社の相性を見極めることが重要です。
面談後、買収側から意向表明書が提出されることがあります。これは買収に前向きであることを示す文書ですが、必須ではないため省略される場合もあります。この段階で双方がM&A成立に前向きであれば、売却価格や条件に関する具体的な交渉に進みます。この交渉は、M&A仲介会社が間に入って条件調整を行うため、直接的な対立を避けながら建設的な話し合いを進められます。
トップ面談を経て、売却側と買収側の双方がM&A成立に前向きであれば、売却価格や条件などについて大筋で合意した段階で基本合意書を締結します。基本合意書には、その時点までに取り決めた価格、条件、クロージングの実行予定日、決済方法などが記載されます。
基本合意書は、M&Aの意思確認および現時点における合意内容の確認を目的としたものです。そのため、一部事項を除き記載内容には法的拘束力はありません。ただし、独占交渉権や秘密保持条項など、一部の条項のみには法的拘束力を持たせるのが一般的です。
この段階での合意内容は、今後のデューデリジェンスの結果によって修正される可能性があります。飲食店のM&Aでは、営業実態や財務状況、設備の状態などが詳細調査で明らかになることで、価格や条件の見直しが必要になることもあります。基本合意は、あくまでも暫定的な合意であり、柔軟な姿勢で臨むことが重要です。基本合意締結により、本格的なデューデリジェンスへと進んでいきます。
基本合意の締結後、買収側による詳細な調査(デューデリジェンス)が実施されます。これは事前に開示された情報と実態が一致しているかどうか、買収のリスクはどの程度あるか、隠れた問題が存在しないかなどを確認する重要な工程です。通常、財務・法務・人事・労務などの分野において、各専門家が担当します。
飲食店のデューデリジェンスでは、以下の項目が重点的に確認されます。
・財務面での売上の実態
・設備の老朽化状況、賃貸借契約の条件
・営業許可の有効性
・従業員の雇用状況
・簿外債務や偶発債務のリスク、法的な問題点の有無
買収側にとって将来的な経営リスクを回避するための重要なプロセスとなるため、売却側は調査に対して誠実に対応することが必要です。
デューデリジェンスの結果次第では、基本合意で定めた条件の見直しが必要になる場合もあります。重大な問題が発見された場合は、価格の減額交渉やM&A自体の中止に至るケースもあります。一方で、想定以上の価値が確認されれば、条件が改善される可能性もあります。
なお、デューデリジェンスは買収側が主体となって行うため、基本的に売却側の費用負担はありません。
デューデリジェンスの結果を踏まえ、買収側が買収実行を判断したら、最終交渉を行います。ここでは、M&A対象の範囲、価格、対価の支払い方法などの確認・調整を行い、双方がすべての条件に合意したら最終契約を締結し、M&Aが成立となります。
最終契約書は、基本合意書とは異なり、記載事項のすべてが法的拘束力を持ちます。そのため、締結以降の一方的な事由による破棄または内容変更は原則認められません。飲食店のM&Aでは、営業権の譲渡、従業員の引き継ぎ、賃貸借契約の承継などの詳細な条件が明記されます。
契約締結後は、クロージングと呼ばれる手続きに移ります。クロージングとは、M&A対象の経営権を売却側から買収側へ移転し、対価の決済手続きを行う一連の手続きを指します。
クロージングの実行は最終契約書に記載されたクロージング条項がすべて満たされていることが前提となります。そのため、多くの場合は最終契約の締結から一定の期間を空けて実施されます。クロージングが完了すれば、M&A取引は完了となり、新たな経営体制での店舗運営が開始されます。
飲食店のM&Aは、売り手と買い手の目的が合致することで成功に導かれます。ここでは実際の事例を通じて、どのような状況でM&Aが活用され、成功に至ったのかを見ていきましょう。
異業種から飲食業界への参入を目的としたM&Aは、近年増加傾向にあります。建設業を営む小規模企業が、地域密着型の個人経営居酒屋を買収した事例では、会社が衣食住を軸とする経営方針を掲げていたことから、自社の職人に馴染みのある居酒屋のM&Aを検討していました。
買い手側には飲食業のノウハウがなかったため、オーナーとスタッフが残ってそのまま営業を続けることを条件としてM&Aを実施しました。売り手側はコロナ禍で経営が苦しい状況にあったものの、安定した基盤を得られ、買収は成功に至っています。このように飲食店ならではの属人的な要素である味やノウハウを守りつつ、売り手の課題と買い手のニーズがマッチすることが重要です。
別の事例では、ECサイトを運営する企業が、かねてより飲食店に携わりたいと考えていたことから、唐揚げともつ煮が名物の飲食店を買収しました。この店舗はもともとテイクアウトやデリバリーによる売上が多く、コロナ禍の影響もほとんど受けず業績は好調でした。買い手が熱意を持ってビジョンを伝えたことが売り手側の心に響き、競合もが複数いる中でも成約に至っています。
事業撤退や後継者不在を理由としたM&Aも多く見られます。あるうどん店の店主は、店舗が入居していたビルの取り壊しにより立ち退きを求められたことに加え、店主自身が高齢なこともあり売却を決意しました。買い手は、店の味やスタッフの仕事ぶりを評価し、席数の増加や人件費の見直しにより売上拡大の余地があると判断して買収を決定しています。
買収金額自体は手頃でしたが、M&A後に新店舗を開店する必要があり、大きな投資が必要でした。買い手がデメリットを正しく理解していたことで、スムーズなM&A成立につながりました。また、売り手は撤退費用を削減でき、買い手は修業を兼ねて売り手の店で数年間勤務したのち、後継者になる形でM&Aが成立しています。
このような事業撤退型のM&Aでは、売り手は原状回復費用や解約予告家賃などの撤退コストを回避しつつ、譲渡益も得られます。買い手にとっては、すでに完成された環境で経営をスタートできるメリットがあり、双方にとって有益な選択となります。
個人経営や小規模な飲食店のM&Aでは、大企業間のM&Aとは異なる特有の課題や注意点があります。これらを事前に理解し、適切に対処することが成功への鍵となります。
小規模な飲食店では、オーナーの作る味やコミュニケーション力など属人的な要素が顧客満足に直結しているケースが多く見られます。お客さんはオーナーの料理やオーナーとの会話を目当てに訪れていることも少なくありません。このような店舗では、オーナー交代によって雰囲気が変わり、常連客が離れてしまうリスクがあります。
メニューやメニューの開発方法、接客のコツなどの無形資産は、小規模な飲食店の場合、マニュアル化できていないケースが多いのが実情です。買収した飲食店をスムーズに引き継ぐには、これらの無形資産の引き継ぎも確実に実行する必要があります。マニュアル作りから始めなければならない場合もあり、時間と労力がかかることを想定しておくべきでしょう。
双方の条件が合うなら、オーナーに一定期間残ってもらうという選択肢もあります。引き継ぎ期間を設けることで、料理の味や接客方法、仕入先との関係性などを直接学ぶことができます。この間に従業員や常連客との信頼関係を築くことで、円滑な経営移行が実現できます。
飲食店M&Aでは、店舗の賃貸借契約の引き継ぎが重要な課題となります。飲食店は店舗を持つビジネスであるため、賃貸条件が合意されたときに、買い手と賃貸オーナーとの間で貸借契約の手続きを行う必要があります。同時に、売り手による解約手続きも必要となります。
賃貸借契約の譲渡には、必ず貸主の承諾を得なければなりません。貸主が譲渡を承諾しない場合、M&A自体が成立しない可能性もあります。事前に貸主との関係性を確認し、譲渡承認の可否を見極めることが重要です。また、契約条件の変更を求められることもあり、家賃の値上げや保証金の追加などが発生する場合もあります。
物件が居抜きで貸主の承諾を得られない場合、譲渡が成立しない可能性があります。一方で、原状回復義務のない契約条件や、好条件で長期契約可能な場合は、資産価値として評価されることもあります。業態変更の可否や看板・内装・厨房機器の使用可否など、オペレーション上の制約も事前に確認しておくべきポイントです。
飲食店の営業には、保健所から営業許可を取得する必要があります。株式譲渡の場合は営業許可がそのまま引き継がれますが、事業譲渡や個人事業主からの譲受の場合は、買い手が新規に営業許可を取得しなければなりません。
営業許可の取得には、食品衛生責任者の設置が必要です。また、店舗の設備が保健所の基準を満たしているかの検査も受ける必要があります。手続きには時間がかかるため、M&Aのスケジュールに組み込んでおくことが大切です。営業許可が下りるまでは営業できないため、その期間の収入が考慮しておく必要があります。
防火管理者の選任も必要になる場合があります。収容人数が30人以上の飲食店では、防火管理者を選任し、消防署に届け出なければなりません。これらの許認可の再取得や届出は、M&A後すぐに営業を開始するために不可欠な手続きです。事前に必要な資格や手続きを確認し、準備を進めておくことで、スムーズな事業承継が可能となります。
飲食店のM&Aでは、従業員の引き継ぎが成功の鍵を握ります。株式譲渡の場合は雇用契約も自動的に承継されますが、事業譲渡の場合は従業員との雇用契約を個別に引き継ぐ手続きが必要です。各従業員から同意を得る必要があり、この過程で離職者が出る可能性もあります。
M&Aに対して従業員から理解を得られなかったり、待遇に大きな変化が生じたりすると、M&Aを機に従業員が離職してしまう可能性があります。譲受側が人材獲得で買収を行うのであれば、従業員の離職はマイナス要素となるため、売却側は従業員への説明を丁寧に行うなど対策をしっかり行っておくことが重要です。
新しい経営者との信頼関係が構築できないケースもあります。雇用形態・給与・勤務時間などが変更された場合、従業員が退職する可能性が高まります。労働環境の整備は絶対条件であり、従業員問題は売り手側にも責任が伴います。事前通告はもちろん、必要に応じて再就職先の斡旋などの手続きも検討する必要があるでしょう。
飲食店のM&Aは、コロナ禍を経て市場が回復傾向にある中、組織変革や事業承継の有効な手段として注目されています。手法としては、包括的に承継できる株式譲渡と、必要な資産を選択できる事業譲渡があり、状況に応じた選択が重要です。
M&Aの手順は、仲介会社への相談から始まり、候補先選定、トップ面談、基本合意、デューデリジェンス、最終契約、クロージングという流れで進みます。個人経営の飲食店では、属人的な要素の引き継ぎや賃貸借契約の譲渡承認、営業許可の再取得など、特有の注意点への対応が成功の鍵となります。
飲食店のM&Aを検討されている方は、専門的なサポートを受けることで、リスクを最小限に抑えながら最適な条件での成約が可能です。DYMのM&Aコンサルティングサービスでは、豊富な実績と専門知識を活かし、お客様の事業承継や事業拡大を全面的にサポートいたします。
「世界で一番社会を変える会社を創る」というビジョンのもと、WEB事業、人材事業、医療事業を中心に多角的に事業を展開し、世界で一番社会貢献のできる会社を目指しています。時代の変化に合わせた新規事業を生み出しながら世界中を変革できる「世界を代表するメガベンチャー」を目指し、日々奮闘しています。