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近年、美容医療業界ではクリニックの事業承継や経営戦略の一環として、M&A(事業の譲渡・買収)を選択するケースが増えています。後継者不在や経営の見直しを背景に、クリニックを売却することで新たな展開を目指す開業医も少なくありません。ただし、M&Aは多くのメリットがある一方、手続きや感情面での負担など注意すべき点も多くあります。
本記事では、美容クリニックにおけるM&Aの現状や、売却側にとってのメリット・デメリット、譲渡手続きの流れ、そして失敗しないための重要なポイントまでを詳しく解説します。美容クリニックの今後を見据えるうえで、M&Aを一つの選択肢として考える際の参考にしてください。
<この記事で紹介する3つのポイント>
目次
美容クリニックのM&Aが増加している主な理由は、美容医療市場の拡大にあります。矢野経済研究所の調査によると、2022年の国内美容医療市場規模は前年比102.3%の4,080億円を記録し、コロナ禍前の2019年水準に回復しました。
この市場拡大を支える要因として、若い世代を中心とした美容医療への心理的ハードルの低下と、男性需要の拡大が挙げられます。美容医療がより身近になったことで、新規参入を検討する医療施設も増加傾向にあります。
こうした市場環境の変化により、美容クリニックの買収に興味を持つ医療機関や企業が増加しています。譲渡側にとって条件の良い相手が見つかる可能性も高く、M&Aの需要と供給の両面で活発な動きが見られています。
美容クリニックの売却を検討する経営者にとって、M&Aは多くのメリットをもたらします。後継者不在による廃業リスクの回避から、売却益の獲得、経営負担の軽減、スタッフの雇用確保まで、さまざまな課題を解決できる有効な手段として注目されています。
以下では、売り手が得られる主要なメリットについて詳しく解説します。
後継者不在に悩む美容クリニックにとって、M&Aは事業承継の有効な解決策となります。通常、後継者がいない場合の選択肢は廃業になりますが、廃業には多額のコストがかかってしまいます。
M&Aを活用することで、後継者がいなくても医業承継が実現し、クリニックを存続させることが可能です。廃業コストもかからずに済むため、老後資金を確保したままハッピーリタイアできるでしょう。地域医療の継続にも貢献できる点は、経営者にとって大きな意義があります。
M&Aによって買い手に美容クリニックを売却した場合、譲渡資産や営業権などに対する収益を得ることができます。高額な売却益が得られるケースも少なくありません。
M&A仲介会社が間に入ると仲介手数料や成功報酬等が生じますが、それでも手元に利益が残るケースがほとんどです。獲得した売却益は、引退後の生活資金や新たな事業への投資など、自由に活用できる資金として大きな価値があります。
美容クリニックの院長は、医療現場での従事に加えて、クリニックの運営や経営まで管理しています。特に経営が悪化している場合は、さらに業務量が増すため医業に集中するのは厳しい状況となるでしょう。
M&Aでクリニックを売却すれば、買い手に運営や経営を任せられるので、医業に集中することが可能です。経営の専門知識を持つ買い手のもとで、より効率的な運営が期待できます。医師本来の診療業務に専念できる環境が整うことで、医療の質向上にもつながります。
経営不振等で美容クリニックを廃業する場合、スタッフを解雇しなくてはいけません。退職金の支払いや次の仕事のケアなど、多大な出費と時間を要するだけでなく、これまで頑張ってくれたスタッフの信頼を裏切ることになるでしょう。
M&Aで雇用の継続を条件に譲渡できれば、スタッフはそのまま働き続けられるので、雇用を守ることができます。長年培った技術や知識を持つスタッフの継続雇用は、患者サービスの維持にも直結します。
美容クリニックのM&Aは多くのメリットがある一方で、売り手にとっていくつかのデメリットも存在します。手続きの複雑さや時間的制約、長年築き上げたブランドの喪失、感情的な負担など、慎重に検討すべき課題があります。これらのデメリットを事前に理解し、適切な対策を講じることで、より良いM&Aの実現が可能になります。
美容クリニックのM&Aにおいて、売り手は承継のタイミングを選ぶことができないという課題があります。M&Aでの承継時期は、買い手候補が見つかるまでの時間や契約交渉などによって左右されるため、承継のタイミングを選べないのがデメリットです。
特に医療系のM&Aに慣れていない仲介会社に依頼した場合、さらに時間がかかってしまうことが想定されるでしょう。医療法人特有の手続きや許認可の問題、行政との調整など、一般的な企業のM&Aとは異なる複雑な要素が多く、専門知識を持つ仲介会社を選ぶことが重要になります。
クリニックを売却することは、その事業からの完全な撤退を意味します。これにより、長年にわたる努力やブランド価値の喪失に繋がる可能性があります。
創業者として築き上げてきたクリニックの評判や患者との信頼関係、地域での認知度など、無形の資産が買い手に移転することになります。
特に院長の個人名がクリニック名に含まれている場合や、院長個人のカリスマ性に依存している場合、譲渡後にブランド価値が維持されるかどうかは不透明です。これまで培ってきた診療理念や方針が変更される可能性もあります。
特に長年経営してきたクリニックの売却は、感情的な面での影響が大きいです。経営者にとって、自らの事業を手放すことは、情緒的な決断となることも少なくありません。
美容クリニックは医師の専門性と情熱を込めて築き上げた事業であり、患者との長期的な関係性や、スタッフとの絆も深いものがあります。このような感情的な結びつきがあるからこそ、売却の決断は単純な経済的判断だけでは決められない複雑さを持っています。家族や親族の理解を得ることも含めて、慎重な検討が必要です。
M&A後に勤務医として残る場合、開業医として享受していた経営の自由裁量を失うことになります。診療方針の決定、スタッフの採用、設備投資の判断など、これまで自身で決定できていた事項が、新しい経営者の判断に委ねられることになります。
また、診療時間や休診日の設定、患者対応の方針なども、組織の方針に従う必要が生じます。長年、自分の理念に基づいて運営してきた医師にとって、この変化は大きなストレスとなる可能性があります。勤務医としての立場では、経営面での意思決定に関与できる範囲も限定されてしまいます。
美容クリニックのM&Aを成功させるためには、適切な手続きを踏むことが重要です。専門家への相談から最終契約まで、複数のステップがあり、それぞれに注意すべきポイントがあります。医療法人特有の手続きや行政との調整も必要となるため、計画的に進めることが求められます。
以下では、M&A実施の主要な手続きについて詳しく解説します。
美容クリニックのM&Aでは、交渉先探しの際にノンネームシートと呼ばれる書類を使用します。これは具体的なクリニック名や詳細な所在地などの特定される部分は伏せて、クリニックの概要・業績・財務などをまとめたものです。
事前にM&A仲介会社へ希望条件を伝えておくと、譲受先候補となる医療法人等を複数リストアップしてもらえます。そのなかから交渉したい相手を絞り込み、ノンネームシートを使用して交渉を打診することになります。
M&A仲介会社などの専門家へ相談して具体的な計画策定やM&A手法の選定・交渉先探しなどを進めていきます。M&Aを専門に扱う会社はたくさんあるので自院に合ったところを選択するのが重要ですが、その際は医療法人のM&Aを支援した実績があるところを選ぶと安心です。
クリニックなど医療法人のM&Aは一般的な株式会社が行うM&Aとは違い、行政との調整などが必要となるため、支援実績や専門アドバイザーの有無などを事前によく確認してから支援業務を依頼することが大切です。
譲受先候補がM&A交渉に進みたいという意向であれば、秘密保持契約を締結して詳細情報を開示します。トップ面談が終わり、M&Aの内容(価額や条件など)に双方が大筋合意したら、その内容をまとめた基本合意書を作成して締結します。
基本合意書にはその時点までに協議した内容(価額・条件・手法・スケジュール)を記載しますが、デューデリジェンスや秘密保持に関する事項などの一部を除き、法的拘束力はありません。
デューディリジェンスとは、譲受側が譲渡側の財務・法務・人事などで問題がないか、事前開示された情報は正確であるかなどを確認する調査です。基本合意契約書の締結後に行われ、この調査結果をもとに譲受側は最終的にM&Aを実行するか否か、価額・条件の妥当性を判断します。
大きなリスクや問題が発覚した場合は、最終交渉で価額や条件が変更されたり、交渉そのものが白紙撤回されたりする場合もあるため、あらかじめ理解しておくことが重要です。
デューデリジェンスの結果、譲受側が買収を決断したら最終交渉へ進み、譲渡価額・諸条件・完了までのスケジュール等を協議します。そして、取り決めたM&Aの内容全てに双方が合意したら、最終契約を締結します。
最終契約書に記載された事項はすべて法的拘束力があるため、確認時は注意が必要です。最終契約の正式名称は使用したM&A手法によって変わり、事業譲渡であれば「事業譲渡契約」となり、出資持分を譲渡する場合は「出資持分譲渡契約」となります。
クリニックなど医療法人のM&Aでは、経営者の交代や施設の廃止および開始などについて、行政との調整が必要となるケースも多いです。具体的な基本合意書の内容を踏まえて、行政から許認可取得について交渉を行います。
行政との調整は担当のM&Aアドバイザーがサポートしてくれるので、相談しながら進めていくことが大切です。クロージングとは、最終契約書の内容に従って経営権を移転させ、対価の決済を行う手続きのことです。
美容クリニックのM&Aを成功させるためには、業界特有の課題に対する適切な対策が必要です。コース契約の会計処理、医療機器の状態確認、キーマンの継続雇用など、美容医療特有の要素を事前に把握し、適切に対応することが重要になります。
これらのポイントを見落とすと、M&A後の運営に重大な支障をきたす可能性があります。
美容クリニックでは脱毛などで複数回のコース契約を設定することが多く、前払いで契約している患者の処理が重要な課題となります。買い手は、売り手にコース契約に伴う前受収益があるかを確認する必要があります。
本来であれば、前受収益として貸借対照表に記載されており、その患者の施術を引き継ぐならばその収益分を譲渡対価で相殺する必要があります。しかし、一括で売上計上をしてしまっている場合は、現状の財務状況や残っている回数を詳しく確認する必要があります。
美容クリニックでは高額な医療機器を多数使用するため、機器の状態確認が重要です。医療機器が故障していないか、保守契約が切れていないかを確認する必要があります。
美容医療機器は毎年最新型が登場するため、現在売り手が使用している機械が、何世代も前の機器である場合、交換の部品があるかなどの確認が必要です。集客面ではマイナスになる点は踏まえておく必要があります。内装についても、買い手の志向に合った内装であるかどうかを確認し、ミスマッチがないようにすることが大切です。
運営上、特定の医師や看護師にしかできない施術や、日頃患者との契約におけるカウンセリングで重要な役割を果たしているスタッフ、SNSで多数のフォロワーを有しており、集客で重大な役割を担っている「キーマン」が存在するかどうかを確認する必要があります。
もしキーマンがいなくなってしまうと、オペレーションや集客が停止する恐れがあります。それらを踏まえた、営業権の譲渡対価の評価を行う必要があるので注意が必要です。
美容クリニックでは専門性の高いスタッフが多く、雇用継続の計画立案が重要です。継承によって大量に退職が発生する可能性がないか、給料の相場が平均から大きくかけ離れていないかを確認する必要があります。
また、患者の獲得においてインセンティブの設定がある場合、どのような設定で契約されているかもチェックする必要があります。美容皮膚科・美容外科の場合、スタッフに対して、福利厚生として割引で施術を受けられるようにしていることがあり、その割引率や範囲も確認が必要です。
美容クリニックでは診療内容の専門性が高く、適切な引き継ぎが求められます。手術などの専門性の高い診療内容の売上割合を確認し、買い手が引き継ぐことができるか、残るキーマンとの組み合わせが可能かどうかを確認することが重要です。
また、物販に関するオペレーションは問題ないかなども確認が必要です。医師の面談がないと処方・販売してはいけない医薬品や化粧品の販売方法についても適切に確認し、コンプライアンスを遵守した運営ができるようにしておくことが大切です。
美容クリニックのM&Aは、市場拡大を背景に増加傾向にある有効な事業承継手段です。売り手にとっては後継者問題の解消や売却益の獲得、経営負担の軽減といったメリットがある一方で、手続きの煩雑さやブランド価値の喪失といったデメリットも存在します。
成功のためには、コース契約の適切な処理、医療機器の状態確認、キーマンの特定、スタッフの継続雇用計画など、美容医療特有の課題への対応が重要です。専門性の高い手続きが多いため、医療業界に精通したM&A仲介会社の選定が成功の鍵となります。
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「世界で一番社会を変える会社を創る」というビジョンのもと、WEB事業、人材事業、医療事業を中心に多角的に事業を展開し、世界で一番社会貢献のできる会社を目指しています。時代の変化に合わせた新規事業を生み出しながら世界中を変革できる「世界を代表するメガベンチャー」を目指し、日々奮闘しています。